膵炎とは
膵炎とは、膵臓に炎症が起こる疾患です。
膵臓の消化酵素が何らかの原因で活性化されることによって、膵臓自体が自己消化されて起こるのが急性膵炎です。
急性膵炎は、比較的軽症といわれる『膵浮腫(すいふしゅ)』から重症で激症の『出血性膵炎』や『膵壊死(すいえし)』といわれるものまで、全ての急性膵疾患が含まれています。
慢性膵炎は、急性膵炎が長引いたり繰り返し起こる事によって慢性化した状態の事をいいます。
膵臓の病気は診断が難しい病気です。
その理由は、膵臓が深部に位置する小さな臓器なので、身体検査やX線造影検査を行うのが難しく、生検も危険だからです。
また、膵臓は多様な生理機能を持つため、複雑な症状を示すことが多く、特に腎臓や肝臓、腸管などの他の臓器の病気と紛らわしい病態を示すため、診断が容易ではなく治療が困難になるケースもあります。
ただし、早期治療が叶えば治る病気でもあるので、膵炎に対して理解を深め、愛犬愛猫の日常の観察や定期検診で異変にいち早く気づけるようにしていきましょう。
膵臓の働き
膵臓は消化器といわれる臓器の1つでその機能は大きく2つあり、1つは膵液の生産、もう1つはインスリンの分泌です。
上記の2つの機能により、食べたものの消化吸収、血糖値のコントロールが成され、健康が維持されます。
この機能が低下すると消化不良や、体重維持、体調維持、栄養の吸収が正常に行われなくなる他にも、小腸の病気を併発するなど様々な症状や疾患を引き起こします。
またインスリンは膵臓でしか生産されません。
そのため、膵炎になるとインスリンに対する感受性が低下し、インスリンの作用が十分に発揮できなくなることで糖尿病を引き起こしたり、糖尿病を患う犬猫に膵炎がみられたりと膵炎と糖尿病は相互関係のある疾患と考えられています。
膵液とは
たんぱく質、脂肪、炭水化物を分解する強力な酵素を含む消化液で、膵管を通じて十二指腸に分泌されます。
食べ物の本格的な消化は胃で胃液によって行われますが、これだけでは完全な消化が成されません。
少しづつ小腸に送られてきたものを肝臓から分泌される胆汁と、膵臓から分泌される『膵液』、小腸粘膜から分泌される腸液によって完全な消化が行われます。
インスリンとは
インスリンとは血糖値をコントロールするために重要なホルモンで、膵臓に存在するランゲルハンス島と呼ばれる部位で作られ、血液中に直接分泌されます。
食べ物から摂取された糖は血液の流れに乗って、体のあらゆる臓器や組織にめぐります。
この糖は同じ血液中に流れるインスリンの働きで細胞に取りこまれ、エネルギーの源となり、インスリンの働きによって、血液中に糖があふれることなく一定の濃度に保たれます。
膵炎の原因
動物の自然発症例では一般的にその原因は不明ですが、生活習慣や他の疾患など多くの要因が考えられています。
膵炎は特に中齢期の肥満した雌の犬に多発する傾向にあるといわれています
考えられる様々な原因
- 偏った食事
- 肥満
- 高脂血症
- 高カルシウム血症
- 上皮小体機能亢進症
- 腹部の外傷や手術
- 薬物の投与(ステロイドホルモン、利尿薬、シメチジン)
- 副腎皮質機能亢進症
- ウイルスや寄生虫の感染
- 血管系の異常
- 膵臓の外傷
- 胆道疾患
- 免疫介在性疾患
また、猫の膵炎は犬の膵炎と異なる原因があるとされています。
これは猫の膵管の開口部が犬と解剖的に異なっていることが要因とされています。
猫の膵炎で考えられる原因
- トキソプラズマ
- 猫伝染性腹膜炎
- ヘルペスウイルス
- カリシウイルス
- 有機リン剤
- 麻酔膵
- 肝吸虫
膵炎の症状
膵臓に炎症が起きているので患部に痛みを伴うことがありますが、その他の症状は複雑な場合が多く判断が難しいとされています。
また老齢の猫は慢性膵炎になりやすいのですが、無症状で経過することが多く生前に診断されることは稀であるといわれるほど気づきにくい病気です。
その中でも膵炎と疑われる症状を解説します。
- 抗うつ状態(気力がなく元気がない様子)
- 食欲不振
- 嘔吐
- 下痢
- 患部の激痛(腹痛)
- 患部激痛からのショック症状
中でも、嘔吐は吐しゃ物が消化されていない食べ物であることが特徴にあります。
重症の場合には粘液や液体、胆汁を含むようになり、吐き気やよだれが目立つ場合もあれば、口の渇きを癒すために水を飲んではその度に嘔吐を繰り返すケースもあります。
下痢に関しては、多くが嘔吐と同時か嘔吐の最盛期にみられます。出血性のこともあり、下痢も繰り返すことが多くみられます。
嘔吐の状況や吐しゃ物の内容、下痢のタイミングなどを観察し、動物病院で獣医師に伝える事で診察に役立つことがあります。
膵炎は診断が難しいといわれているので、自宅で起きた異変や症状、詳細をメモに取るのも有効的です。
膵炎は自然回復を期待して様子を見ている間に急激に悪化する事もあるので、1日に何度も嘔吐、下痢を繰り返したり、元気がない、お腹を触ると痛がる、嫌がるなどがあった場合にはなるべく早く動物病院で受診することをおすすめします。
膵炎の治療
膵炎と診断された場合には、絶食絶水を行い輸液療法(体液の保持と栄養の維持を目的に電解質・糖質・脂質・アミノ酸・ビタミン・微量元素、高分子物質などを投与する治療)に徹し短期間膵炎の活動を抑制する治療が多くみられます。
痛みやショック症状を抑えるため、鎮痛剤や抗生物質、また嘔吐も多くみられるので制吐剤を投薬する事もあります。
これまでの急性膵炎では徹底した絶食を行う事により膵炎の安静を保つことが基本とされてきましたが、近年では絶食に対する考え方が大きく変わっているようです。
これは古くから栄養供給は膵外分泌を刺激し、膵臓における炎症の持続を助長してしまうという考え方をされていたからですが、その後、人間や犬に関する多くの研究で経腸栄養(胃や空腸にチューブを介して栄養補給)が経静脈栄養(静脈血中への輸液)よりも優れていることが示されるようになったからです。
そのため症状の違いや軽度、重度によって獣医師の判断によりますが、絶食を短期に抑え、制吐剤等で嘔吐をコントロールしながらチューブを介して少量の低脂肪、低たんぱくなどを意識した給餌が多くみられるようになっています。
膵炎の予防
膵炎の予防には、偏食や肥満を避ける事が大切であると考えられています。
様々な研究で肥満と膵炎は関連が疑われており、肥満の犬では致死的な膵炎のリスクが高いとする報告や、膵炎の発症リスクが1.9倍になるとする報告もあります。
膵炎の犬で高脂血症を伴う症例などもあることから、膵炎に関しては低脂肪食を良しとする食餌療法の認識が高くあります。
また、慢性膵炎の犬では摂食後に痛みが生じる事が報告されていますが、低脂肪の給餌によりその痛みが軽減できるとの報告もあるため慢性膵炎の犬には低脂肪食が推奨されています。
猫は犬の栄養要求と大きく異なり炭水化物耐性が低い傾向にあり、脂質、たんぱく質の要求量が多く、脂質の耐性は高いとされています。
脂肪分が比較的多く含まれた給餌でも症状の悪化はあまりみられず、脂質に対しては十分に許容可能であったという報告があります。
そのため、猫においては犬と比較して脂質含有量に神経質にならなくてもよいだろうといわれていますが、脂質は肥満の原因となるので、頻繁に高脂質の食事やおやつを与える事は控えましょう。
ここでは膵炎に有益と考えられる栄養や食材を解説します。
オメガ-3系脂肪酸
膵炎では低脂肪の食事が推奨されていますが、オメガ-3系脂肪酸は炎症抑制効果が期待できます。
更に血流を良くし血栓症の予防が期待できることで血管疾患の予防や、中性脂肪を減らす働きも知られています。
おすすめ食材
- サバ
- イワシ
- えごま油
- あまに油
ビタミンB群
ビタミンB群は水溶性ビタミンで、栄養の代謝に関する補酵素です。糖や脂質の代謝をサポートし、エネルギーへ変換する作用があります。
脂肪肝の予防や肥満予防などに活躍するビタミンです。
おすすめ食材
- 豚肉(赤身)
- レバー(鶏、豚、牛)
- 納豆
- 卵
- ヨーグルト
食物繊維
食物繊維は腸内環境改善の役立つ物質でコレステロールの排出のサポートや血糖値の上昇を緩やかにする効果が期待されています。
肥満予防だけではなく、血糖値の上昇を緩やかにする作用は膵臓の働きのサポートに繋がると考えます。
ただし、過剰に食物繊維を摂ることは消化不良の原因となりますので、適度に食事に混ぜてあげる程度に控えると良いでしょう。
おすすめ食材
- カボチャ
- おから
- 枝豆
- マイタケ
- 寒天
膵臓の負担を軽減するには
食べる事で栄養を摂り、エネルギーに換えて活動する動物にとって、消化器官の働きはとても大切なものになります。
そのひとつである膵臓の負担を軽減するためには、消化に良いものを用意することがその仕事の軽減に繋がると考えます。
手作りごはんを作るにあたり、消化に良いとは以下の通りです。
- 低脂肪
- 食物繊維は少なめ~中程度
- 形状は粥状またはペースト、液状
- 食材は小さくする
- 食材はやわらかく仕上げる
脂肪分が高く、過剰な食物繊維、大きく硬い食材は消化にとても負担がかかり、消化器官はフル稼働といった状況になってしまいます。
膵炎を患っていなくても体には負担となってしまいますので、手作りごはんを作る際には是非上記の例を参考に消化に負担の少ない仕上がりになるように作ってみてください。
また、愛犬愛猫の膵炎の回復食に手作りごはんを考えている場合はより慎重に取り組みましょう。
獣医師より口から食事を摂ってよいとされたら、まずは水から少しづつ何回かに分けて与え、嘔吐しない事を確認してから消化の良い低脂肪を意識した食餌を少量づつ与えていきましょう。
治療中や回復食に獣医師から指定された療法食がある場合は必ずそちらを優先し、手作りごはんを与えても大丈夫か獣医師と相談しながら進めてください。
ここでは手作りごはんに関して消化に良い形状は粥状~と解説しましたが、決してドライフードが消化に悪いという意味ではありません。
ドライフードは製造工程の中で、犬猫が消化しやすいように作られています。
また、手作りごはんだけで犬猫にとって必要な栄養素を網羅することは困難です。
健康な犬猫の場合、総合栄養食であるドライフードは愛犬愛猫の健康維持に欠かせない食事なので、長期間に渡り全ての食事を手作りごはんだけにすることはあまりおすすめできません。
参考:膵炎の食事管理(東京大学動物医療センター第2内科(消化器科)福島建次郎)
参考:食品データベース
まとめ
犬猫の膵炎は一般的に原因が不明であることが多いですが、肥満や他の様々な疾患が要因となるケースがあります。
初期症状ではなかなか気づきにくい事や、膵臓が深部にある小さな臓器であることから診断も難しい病気ではありますが、早期の治療が叶えば重症化の回避や完治も見込めると考えます。
膵炎の特徴を理解し、愛犬愛猫の急な腹痛や嘔吐・下痢・食欲の低下など、いつもと違う様子に気づいたらできるだけ早く獣医師の診察を受けましょう。
犬猫の膵炎は決して珍しい病気ではありませんが、重症化してしまうと命を落とす可能性もある恐ろしい病気なので、日ごろの体重管理、食事管理で膵炎を予防することや、基礎疾患の管理や定期検診を忘れない事が大切です。
参考:イヌ・ネコ家庭動物の医学大百科